「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 149
                        Part1に戻る    Part2に戻る

森本正昭『二界御神籤』
     勢陽
25号、2013

 



表紙絵: 郡 楠昭 『伊勢市駅』

 

 

 

戻る

冒頭にむかし日本の南西部を覆っていた照葉樹林の森の原風景が描かれている。情景描写は美しい。この原風景は現在では伊勢神宮と紀州の大塔山系、それに四国と九州の一部だけだという。その伊勢神宮の周辺に仮名であるが神之村があり、この小説の主人公はこの地で暮らしている。

時代背景は明治30年代から太平洋戦争終結の頃までである。日露戦争から太平洋戦争までといった方が分かりやすいかも知れない。主人公の名前は伊勢田大八で、彼が高等小学校を卒業したあたりから物語は始まる。彼は樵(きこり)の仕事をしているのだが、その仕事に満足できなかった。何かもっとやりがいのある仕事はないものかと考えあぐねていた。

 

神之村にはまだ文明の光は届いていなかった。洪水や干ばつがあると、それはこの村の地底に住む竜の所為(せい)だと人々は噂をしていた。ある時、大八は生い茂った草むらを草木を掻き分けながら進んでいたとき、隠れていた縦坑に落ち込んでしまったのだ。誰もそれに気づいてくれない状況であった。それでも奇跡的に命は助かるのだった。

村では彼が思い悩んで自殺をしたという噂が広がっていた。

その縦坑は底が深く、そこに痩せ衰えた竜らしきものの存在を感じさせるのだった。俺は竜と戦ったのか、それとも竜に助けられたのか。村人はそんなことはあるめいと言った。ほかに大八の父親がかつて村の神社の御神木を切り倒したことがあった。これが何かと大八に暗い影を投げかけているという者もいた。

こんな青年・大八のところに召集令状が舞い込むのだった。太平洋戦争の後半には召集令状が乱発され、ほとんどの若い男性が戦場に狩り出された。赤紙が来ることは命あって帰還することは望めない状況にあった。ところが日露戦争の当時には、国から選ばれて兵士になることは大変な名誉なことであった。その家族もその名誉に浴し感激するほどのものであったらしい。

大八は自分が召集されたとき、これこそ自分のやりたい仕事であると感激したのである。それはもう大変な喜びようで、自分だけでなく飼っていた馬も一緒に召集してほしいと役所に願い出たくらいである。その願いは簡単に認められたという。

日露戦争に騎兵として従軍する。この戦いは苦戦の連続であったが、厳寒の荒野での戦いを苦戦の末勝ち抜いて日本に勝利をもたらしたことは幸運であったと言わねばならない。

 

大八は無事に帰国したのだが、村人は目を疑った。あの大八が見違えるほど立派な姿で帰ってきたからだ。しかも立派な軍馬に跨って堂々としていた。話しも大変上手くなっていた。たちまち村一の有名人になるのだった。

 

題名の「二界御神籤」の二界とは過去は凶だが、将来は吉というように、二つの時点の占いができる。現在と将来、開始時と終了時、天界と地上界などと置き換えてもかまわないのである。村の神主が考案したものである。

この閃きは出征前の大八と帰還後の大八の激変ぶりを占いにし、今はダメでも努力すれば吉が訪れるのだよと若者を励ますために考案したものらしい。

しかし本当の大八は見掛けとは違って戦争後遺症に悩んでいたのだ。それはどうしようもないくらいひどいものだった。夜寝静まってから、突然大声を上げ「前方に敵の大群襲来!」といったかと思うとガバッと跳ね起きてしばらく不明の言葉を唸りだし止まらなくなることがあった。その目が恐怖におののく目になり光っている。ある時は「俺はまだ生きてるぞ」とわめき立てる。「コサックの槍を抜いてくれ」とか、断末魔の声を発したりするのだった。

この難題は妻になった春江という女性の介護によって、その病から抜け出すことができるのだった。それには長い期間を要する辛抱強い取り組みが必要であった。

 

戦争に行き軍隊生活をしたことは、考え方に大きな変化をもたらした。上官に高等農林出の少尉がいたことも幸いであった。

自然との向き合い方として、現状維持ではなく科学的森林管理法を学んだ。

子供の教育に力を入れることも学んだ。なるほどと思ったことはすべて将来、自分で試してみようと決意するのだった。しかし戦況の悪化はどうしようもない状況になって行った。極寒の荒野での戦いは日本軍には厳しすぎるものであった。

 

著者・森本が描く作品は反戦をテーマとしているものが多い。この作品を読んでいる限りでは反戦を感じさせるところは少ない。むしろ主人公の成功物語でもあるかのように書かれている。しかし彼の裏面は戦争後遺症に悩む日々を送るのだった。

リアルな描写や悲惨な状況をそのまま表現することはしていない。誰も戦争で死なないし、重傷を負うこともない。庶民の立場から戦争を描き、家族との交流の中で戦争を表現している。息子たちが自分の跡を追うことがないように気を配っているのだが、それでも時代は若者を戦場に駆り立てていくのだった。
 大八の二人の息子もともに兵役に服することになるのだった。

(2013.08.24)  岳人  記