「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 111
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ロバート・ウェストール、坂崎麻子訳『猫の帰還』
               徳間書店、
1998

 

 

 

 

 

 

 

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ウェストールはイギリスの戦争文学の第一人者と紹介されている。

原著の題名は『Blitzcat』でBlitzとは「ロンドン空襲」のこと、または「電撃」という訳もある。「空襲猫」や「電撃猫」では何のことか分からないので「猫の帰還」と邦訳したのだろう。

猫には超常的な能力があって、2400キロ離れた土地まで、移動した飼い主を追っていったという実話もあるくらいである。

 

ところで、この小説で主役の猫はロード・ゴート(イギリスの大陸派遣軍の司令官の名前)という名である。実際に存在した猫であるところが興味をそそる。

この猫の名前が明かされると、人びとは一瞬とまどい、その後で笑いが来る。猫らしからぬ、司令官の名前だからである。毛並みは黒猫であごの下に白い毛がある。イギリスでは黒猫は運がいいと考えられているらしい。また猫は9つの命を持つということわざがあるという。

 

物語はやさしく可愛がってくれた主人を追って、ロードゴードがどこまでもどこまでも遠い旅をする。主人の存在を超能力でどこにいるのか感じ取るのだが、主人はパイロットなので、遠い外国にまで出かけていく。それでなかなか追いつくことができないのである。

それでもなお、「大事な人が、とつぜん北東の方角にあらわれたのだ。それほど遠くない」空間に主人を感じて元気を取り戻したりする。

そのころ、ヨーロッパは第2次大戦の最中で、イギリスはドイツ空軍の激しい爆撃にさらされている。この物語の中で、ロード・ゴートは、いろんな出来事に巻き込まれていく。飼い主もつぎつぎと代わる。しかし幸運の猫と生活を共にした人には一様に幸運が舞い込むので楽しい物語になっている。

もっとも強烈な場面は、コヴェントリー空爆の戦禍をのがれて、田舎に移動していく物語である。1940年11月のドイツ軍によるイギリスの工業都市コヴェントリー空襲はあまりにも有名である。

ロード・ゴートは人間の恐怖は感じないらしく、大空襲下の街を多数の馬車を引き連れてゆうゆうと脱出していく。この場面が最も壮観である。

人びとは何度も何度も「コヴェントリーはもうおしめえだ」と嘆いているが、ロードゴードはどのような状況でも、自分の居場所を見つけてはそこに落ち着く。そして人びとに安心感を与えていく。

 

凍てついた雪の街を子猫をつれて生きぬいていこうとする姿を描いた物語も、大変面白かった。ロード・ゴートは幸運をもたらしていく。夫を亡くした女性作家の生活に雪解けが始まる。子猫はそこで飼われることになり、女性の書いた本も、子猫の写真入りでどんどん売れるようになった。

 

著者はこの本で何が言いたかったのか。

人間社会では、国家や人種がいつも問題になるが、猫には国家はなく、どこの国の人かも問題にならない。国があるから、国境があるから戦争が絶えないのである。

「夢の中で、ロード・ゴートはネズミを追っている。どこの国のネズミでもかまわなかった。」でこの小説を終わっている。

水死したパイロットが水に浮いている場面で、それが「イギリス人なのか、ドイツ人なのかなんてロード・ゴートは考えもしなかった。その点、ロード・ゴートはどちらの味方でもなかった。…空襲警報が鳴ったが、ロード・ゴートは気にもとめない。猫にはべつにいやなものではない。」

これらが著者の言いたかったことであるに違いない。

長い旅の後、やっと主人に再会し、主人の膝の上に飛び乗ったとたん、緊張感がとけたのか、あの超能力は消えてしまう。

 

この本、図書館では児童書のコーナーにおかれている。

 (2009.12.21) (2017.04.12) 森本正昭 記