「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 147
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戸高一成[編]『証言録・海軍反省会4』 
       PHP研究所、
2013

 

 

ヒトカップ湾に集結した機動部隊

 

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装丁写真がよい。空母「瑞鶴」の機銃が空を向き、戦艦「霧島」、空母「加賀」が前方に見える。ハワイ攻撃出撃を前にヒトカップ湾に集結した機動部隊の勇姿である。かつて軍国少年であった者はこの情景に惹きつけられる。

本書は海軍反省会の第31回から第37回を収録したものである。主な発言に軍令部参謀三代一就氏がハワイ作戦決定に到る、軍令部と連合艦隊の対立について語っている。連合艦隊通信参謀であった中島親孝氏は海軍の通信、暗号、情報についての問題点を述べている。また連合艦隊司令部の所在が転々としたことと指揮統率上の問題を話している。第6艦隊参謀であった鳥巣建之助氏は潜水艦の活用法の誤りが戦局に大きな影響を与えたと述べ、宝の持ち腐れであったのではないかと言う。

 

巻末の名簿によると、戦時に参謀という地位にあった発言者たちは本の発刊を待たずに鬼籍に入っている人が多いことに気づく。しかし若くして水漬く屍となられた方々や戦争責任を取るためか自決された人びともいるなかで、発言者たちはいずれも長寿で、高齢まで生き残っていたことがわかる。この反省会で意見を発表した経緯や証言の価値は貴重なものであると信じたい。

 

私が書斎でこの原稿を書いているとき、裏庭に烏が大勢飛来してギャァギャァ騒いでいる。まさかとは思うが、いつになく無気味な感じがしている。

 

「連合艦隊司令部が陸に上がったのは指揮官先頭の伝統を破ったものであるという批判がある。真珠湾攻撃は山本五十六長官自ら先頭に立って指揮すべきであった。自ら現地に乗り込み、状況を見て、二撃、三撃を加えるべきであった」という意見を何ヶ所かで見た。

三代氏は「ハワイ作戦に反対していたが、これが承認されたとき、残念で涙が出た」とまで述懐している。

「豊田副武長官のぶっきらぼうな態度と、頭からガミガミしかりつける性格が連合艦隊司令部に対する不平不満を増長したことは否めない」これは興味深い。

 

通信については開戦当初は、関係者の練度も高かったので各部の連携は順調であったが、部隊の増加と要員の消耗により、電信員、暗号員の養成が間に合わず、能力が次第に低下したため、通信の錯誤、不達が次第に増加した。捷一号作戦(比島方面)では小澤艦隊の発信電報がどこにも到着せず、状況が不明となった。通信指揮官は電報不達に気づいてもいない。

暗号の漏洩について、野村吉三郎氏が対米交渉に行ったとき外交暗号は、解読機を盗られていたので、はじめから漏れていた。海軍の暗号計画において最大の欠陥は、暗号諸表が敵に渡ることへの考慮が不充分であったことである。ミッドウェーの敗北を招いたD暗号が解読されていたことは、最後まで気づかず防衛策が不充分であった。

通信、情報の分野は今日とは比較にならないほど低レベルであったのだが、それでも戦争当事国の相対的なレベルの違いによって、大きな差異が生まれる。さらに情報の重要性への認識の違いによって力の入れ方がまるで違ってくる。日本の言語や文化を理解しようと人材を多数投入した米国と米国の言葉の使用すら拒絶した日本ではその差は大きい。

中島親孝氏は情報と諜報の違いも理解していない。通信技術にも理解は深くないようである。情報に関する中枢は軍令部第三部であったが、緒戦の大事なときに機能が麻痺していたという(前田稔中将)。日本が孤立状態に陥った大東亜戦争では海外の情報活動は半ばお手上げ状態となった。防諜に関しては日本人は淡白純情であるため、通り一遍となり、周到な配慮ができない。権威に弱く、上層部を疑うことをしない。ゾルゲ事件はその好例であるなどと書かれている。

潜水艦の使い方に大きな問題があった。日本海軍は潜水艦をあまり知らなかった。要するに無用な使い方をした。日本海軍は潜水艦でみるべき成果をあげていない。失敗の最大の原因は、輸送作戦にあったことを強調している。312回も最優秀船を輸送に使った。そのために最も大事な交通破壊戦とか、艦隊戦闘に使うことができなかった。

もし補給遮断作戦、交通破壊戦に投入していれば、敵の輸送は減る、それを攻撃することによって敵は相当の兵力を後方に引きつけることができたはずだ。日本の潜水艦がやられたのは太平洋の真ん中ではわずか4,5%にすぎず、沖縄やサイパンの戦闘局地で90%がやられている。商船攻撃のような交通破壊戦に使うべきであると司令や艦長は意見具申をしていたけれど、無視されてしまった。最も無意味な輸送作戦に注ぎ込んでしまったのだ。

この意見具申からさらに飛躍して海軍大臣の果たすべき役割についても述べている。戦争をやるかどうかを決めるのは政治家である。海軍大臣や陸軍大臣も国務大臣であり政治家である。総理大臣を通じて天皇を補弼するのではなく、陛下を直接輔弼する重大な責務があると憲法五十五条に書いてあるではないか。

 

この本はテープに記録した発言録をそのまま文章としているので分かりにくいところがある。名詞の後に句点が来ることが多いのだが、それは発言のままなのだろうか。発言者の年令のためだろうか。「海軍のあれ」、「それを言った」とかで話しを進めている個所が多い。これは海軍の諸事情に詳しくないと理解できない。編集者も真意を理解できないのでそのままになったのではなかろうか。

 

(2013.05.25)  森本正昭  記