「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 141
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西村壽郎 『あやふやの国』 勢陽、24号
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奥山一覚は予科練上がりの海軍航空隊の優秀なパイロットであった。ここでは生き残りの特攻隊員として描かれている。所属していた九州の基地が米軍の爆撃により使用できなくなったため、やむを得ず三重県北勢の基地に移動することになった。あのとき爆撃がなければ、すでに出撃していたはずである。そうすれば自分はもうこの世にはいない体である。 神国日本は断じて勝つんだ、空襲に遭ったことぐらいでは、本土決戦は負けるものかと思っていた。移動の途上いくら考えても、何も結論を出せないまま、何か言いようのない思いが生身の体に残っていた。最後は悟りを開いて敵艦につっこんで行きたいと思った。 この移動の途上、遠回りして故郷に寄り道をすることにした。そこで幼なじみの女学生尚子に出会うことになった。その後、一覚の命を宿すことになるのだが、期待もむなしく尚子は学徒動員で勤務していた被服工場が爆撃に遭い死亡してしまうのである。 一覚は新たな基地で飛行機の整備や滑走路の整備に明け暮れて出撃には到らなかった。日本は急速に敗戦に近づいていった。ついに終戦の玉音放送を聴く事態となった。雑音がひどくて何を語っているのかたちどころには判らなかった。これは戦争をやめよという陛下のお言葉だとか、堪えがたきを堪え、忍び難きを忍び戦争を継続せよと言うお言葉であるのか、判らない放送であった。この時から新生日本国、あやふやの国が始まったと著者は思っているようだ。 しかし翌日になると、基地指令が全員を集めて言った。「陛下の御命令である、戦争は終わった。大本営からの正式の通知が来た」と。 一覚は出撃を目前にして敗戦となり、このような形での生き残りの特攻隊員となるのだが、出撃していった若い命と心の葛藤についてさまざまな思考を巡らせていく。 戦前から戦後への切り替えの時期に、数々のあやふやな状況を体験するのだが、著者はこのことに納得できずにいる。 ここでは一兵士の命と国家が問われている。 しかし一覚は「農民」の出である。新生日本を生き抜くため、農民に徹して生きようとする。その間、母の死に出会い、付き添いの看護婦であった女性と結婚する。 農業従事者としての活動に専念する様子が続編にわたって描写されている。国家やその指導者の「あやふやさ」とかけ離れて、農業者として「あやふやさ」の許されない懸命な生き方が描かれている。 特攻隊をテーマとした小説は数多くあるが、その中でユニークな位置づけのできる小説となっている。
(2012.11.05) 森本正昭 記 |