「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 171

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インタビュー
『戦争の記憶と和解』
 
米ルーバンカトリック大学主任研究員 バレリー・ロズ

北海道大学教授 遠藤乾

朝日新聞 
2016
210日掲載








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 ロズさんは仏独や旧ユーゴなどを例とする戦争後の関係修復を研究している、ベルギーの国際関係学者である。また遠藤乾さんは戦後の和解への取組みをドイツの場合と日本の場合(日韓、日中)を比較研究している。

戦後70年を経て日本と中国の関係はぎきしゃくしたままである。和解の日はいつ来るのか。という問いに対しては、ロズさんは必ずしも和解を急ぐ必要はないという。

和解は究極の目的ではない。重要なのは両国の歴史解釈の矛盾を長期間かけて減らす営みであると述べている。冒頭に書いてある「個人の感情は重い、矛盾する歴史解釈解消へ共同作業を」が目標であり、結論であるようだ。それは理解しているし、日本でも日中、日韓両国の歴史学者による歴史解釈への共同作業も行われてきたのだが、終結には至っていない。歴史責任に関して話がまとまったと思っていても、政権が代わるとまた蒸し返されるのが実情である。

過去と向き合う上で重要なのは、「政府の公式の立場」と「個人の記憶」とを区別することだという。

仏で戦後、ドイツに対して歩み寄ることを公式の立場で決めたのはドゴール将軍であるというのだが、戦後になって、新しい敵対国がドイツからソ連に代わった。ソ連はより強固な敵であったので、仏独は協力体制を作り出さねばならなかった。敗戦直後の日本にも同様の武人はいたかも知れないが、敗戦国の立場では発言権が認められていないので参考にもならない。

次にロズさんは、あるドイツ青年から『いつまで私は(ユダヤ人虐殺について)許しを請わなければならないのか』と問われたことがあったそうだ。答えは『先の戦争とまったく関係のないあなたが、許しを請う必要はない。でもあなたが責任を問われないためには、ドイツの首脳が歴史責任を認め続けねばならない。それは歴史責任がドイツ国民の集団責任と見なされるのを防ぐためである。』『日本でも、歴史責任に関する問題が蒸し返される立場に置かれるのは、辛いことである。でも、謝罪が相手側に根付くまで、政府は許しを請い続けなくてはならない。』という。

ロズさんは必ずしも和解を急ぐ必要はないというのだが、もはや戦後70年を経過しているので、戦争体験者が少数派になってきた現在、和解を急がなければならないと考える。過去の亡霊に取り憑かれていると、現在が過去に喰われてしまう。戦争によって受けた傷がさらに何世代にもわたって癒されない状況から抜け出さなくてはならない。

求められることとして、個人の記憶に関する作業を進めることとし、仏独が両国共通の歴史教科書を作った時のように、複数の歴史解釈を集め、協議を重ねる姿勢が大切である。それでも、双方に解釈の違いが残る。しかし矛盾は解決されると思う。

戦勝国敗戦国の立場については特に紙面では語られていない。戦勝国の行った原子爆弾投下や大都市への大空襲のような大量虐殺については責任は問われなくていいのだろうか。個人の記憶では、それが戦争終結を早めたというような方便は認められない。

 

戦争そのもの以上に面倒なのは,「戦後」であると取材記者は語っている。過去に縛られ、未来に目をつぶったまま、何世代も暮らす、被害者意識と相手への不信から抜け出せないでいる。自分たちの子孫が、その荷を延々と負うことはやめなければならない。(取材論説委員・国末憲人)

(2016.03.04) 森本正昭 記