「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 177
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上原正三 「キジムナーkids」 現代書館,2017
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御嶽(ウタキ)は村はずれの小さな森の中にあった。その森にはあたりを圧倒するように生い茂るガジュマルの老木がある。そのため昼でも辺りは薄暗い。村人はご神木として崇めていた。キジムナーはそこに住んでいる妖精である。悪戯好きで、子ども達にはやさしく接してくれる。この物語の主人公の少年はキジムナーにしばしば苦境を助けられたと感じている。
この物語は終戦前後の沖縄のお話である。 主人公のボクは転校の連続だった。那覇から糸満へ、台湾、熊本、石川、百名へと転々とした。ボクのあだ名はハナー、友達にはハブジロー、ボーボー、ベーグァがいる。小学5年生である。この子供たちを中心にして物語が描かれている。 戦後になってアメリカ軍から支給物資が運ばれてくる。子ども達はお腹がすいてたまらないので、この配給物資をいただくため、アメリカ軍の倉庫に忍び込む。少年達が狙うのは、アイスクリームの粉末缶、チョコレート、桜桃缶にKレーション(携帯お菓子)であった。 この行為はアメリカ軍に対する戦果であるという。罪の意識はない。戦時にあって容赦なくすべてをアメリカ軍に奪い取られた者たちのささやかな報復である。そうしないと生きていけない事情もあった。 「フリムン軍曹」と「ベーグァとメェ助」が特に印象深いお話しだったので、紹介したい。 「フリムン軍曹」は当時の沖縄人の意識が染みついた痛ましいお話である。フリムン軍曹の正体は山城安栄、まだ30才にもならないはずなのに、とても痩せてとても老けて見える。だけどとてもやさしい目をしている。 醤油を飲むという徴兵逃れで一度は徴兵を避けることができたが、再度の検査で丙種合格となってしまった。母は仏壇の前に息子を座らせて言った。「兵隊さんになっても人を殺してはいけない。鉄砲向けて撃つなんて鬼のすることよ。人を殺したらウグヮンス(ご先祖様)が怒る。トートーメー(仏壇)に顔向けできないよォと諭した。」 そのため安栄は部隊を脱走して、ハブの生息するガマに隠れ住む。フリムンとは(狂気の人)、村人はフリムン軍曹といい、マジムン(おばけ)だと噂していた。 フリムン軍曹は遺骨を収集してきては葬送ラッパを吹くのだ。低くさびしい音色だ。ラッパを吹くことで弔っているのだ。 艦砲射撃がやんだので戦争が終わったと思った。安栄は村に急いだ。そして自分の目を疑った。西神村は激しく焼き尽くされてなくなっていたのだ。絶望感から這い出したとき、生涯を掛けて遺骨を拾い集めて慰霊をすることを心に秘めて旅に出る。 「ベーグァとメェ助」は集団自決の場面を少年の目で描いている。とても印象深い。 ベーグァは絵を描くことが大好きな少年で、いつも絵の道具の入ったカバンを持ち歩いている。何処に行くにも子ヤギのメェ助を連れて行く。 陸軍の将校が村にやってきて、村人みんなの前で拳を振り上げ、怒鳴るように言った。諸君は日本男児だ。日本男児なら生き恥をさらすなッ。戦うのだッ。最後の一人となろうともだッ。 ベーグァの暮らす北部山村の解散式で全滅と言う言葉が語られる。 ある日突然村のみんなが死んだ。目の前に焼け崩れた家がある。 覚悟の上での自爆で校長先生も、大好きなカナコォも、おじい、おばあも母ちゃんも死んでしまった。メェ助は首を切り落とされていた。最後はガマの中で村人達が集団自決をした事実を目にした。悲しい物語である。 悲しい物語だけではない。前向きに生きていく沖縄の逞しい若者の姿も描かれている。 これは若い人向きに書かれたすぐれた作品である。第33回坪田譲治文学賞を受賞している。
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