「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 055
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城山三郎 『忘れ得ぬ翼』
           新潮社、
1980

 

百式司令部偵察機

ウィキイペディアより借用しています

日本陸軍の主力偵察機で、当時は630km/Hの高速を誇っていた。

 

 

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8つの小品に分かれているが、それぞれが異なる戦闘機の機種の解説に始まる。ここで紹介するのは「赤い夕日」という小品で、有名な百式司令部偵察機が紹介され、それにまつわる話が展開している。そして8つの小品はどれも戦中と戦後を比較するかのように語られている。

戦前戦中において日本の一部の若者があこがれ、ユートピアを夢見ていたのは当時世界で唯一の社会主義国ソ連であった。ときの政府の烈しい弾圧の下で、彼らはマルキシズムを実現した国へのあこがれを抱いていた。先端思想であると感じたせいであるし、日常の強制的な皇国主義的教育への反発のせいであったかと思われる。

主人公・村尾が軍事教育を終えた後の赴任先は満州であった。

4000年の悠久の土壌の上に、北からは新しい時代の風がにおってくる。あらためて考えてみると、満州は願ってもない任地といえた。その広漠たる大地には、自分を見直しつくり直す機会が、海のようにひろがっている気がした。」

「それに空は高く大きく、地平線まで何ひとつ眼を遮るものもない大陸の風景が、村尾をよろこばせた。満州に来てよかったと村尾はあらためて思った。」

「飛行場は、海のような草原のただ中に在った。草原をまっすぐまっすぐ北へ行き果てれば、川があり、川ひとつ越すと、社会主義の国がある。かつては観念の中でだけ存在していたユートピアが、すぐ先に在ると思うと、村尾の中の思想が水でもふくんだように息づいてきた。」

新司偵は、すばらしい飛行機であった。強力な二基のエンジン、軽快な曲線の機体、比べもののない高速。それは満州の大空を飛行するにはまさにぴったりの飛行機であった。村尾はこの飛行機に乗っての亡命を考えた。このような兵隊が本当にいたのかどうかわからないが、まだ見ぬ理想郷への脱出は若者をかりたてる。上官の目を盗んでは、在満活動家をしばしば訪問し情報交換をする。その意図はついに見破られて逮捕されてしまうことになった。

 戦後になって、村尾の社会主義への夢は現実的なものへと広がっていく。日本に帰還した村尾は共産党に入党し、ひたむきに活動することとなった。しかしやがて軍隊経験のない若者とは自分の活動が異質であることを悟るようになる。もはや村尾の話に耳を傾けてくれる人間は、めっきり少なくなった。

そんなとき、かつて所属していたチチハルの部隊の消息が気がかりになる。誰一人生きて還ったという話を聞かないところから生き残ったのは自分だけだと知ることになる。

戦争があったから、戦後があるのである。村尾の活動は若い活動家とは相容れないし、彼らを見る目はひとり異質であると感ずるようになっていく。


(2007.07.07) (2017.03.27)  森本正昭 記