「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 053
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城山三郎 『大義の末』
 新潮社、
1980

 

 

 

   

 

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軍隊体験のある著者城山氏は生き残った者は何をすればよいか、どう生きればよいかを自らに問いかけ、小説で答えようと決意する。その最初の書き下ろし小説が『大義の末』であるという。

君が代と軍靴の響きのなかで、日の丸の旗がゆらめく。

そして時の若者を支配していた規範は杉本五郎中佐の遺著『大義』であったという。文章は単純にして明快、すべて命令形で書かれている。
キリストを仰ぎ、釈迦を尊ぶのをやめよ、万古、天皇を仰げ。
天皇に身を奉ずるの喜び、なべての者に許さることなし。
その栄を喜び、捨身殉忠、悠久の大義に生くるべし。
皇国に生まれし幸い、皇道に殉ずるもなお及び難し。
子々孫々に到るまで、身命を重ねて天皇に帰一し奉われ…。

  この行動規範に合わないものは殴打される。婦人雑誌を読んでいたというだけで、体操教師の高橋に中学生の種村は殴られた。『大義』を薦めたのも高橋、その本で生徒を殴りつけたのも高橋、主人公・柿見はこのような行為は許せないと考え続ける。

戦後になっても、主人公は大義の世界から逸脱できないでいる。しかし高橋と肥田ら教師たちは戦後の時代に順応するかのように、腐敗した社会人へと変身していく。柿見はそのことを許せないという眼で見続けている。死んだ友人の小島や種村に代わって、どこまでもあの連中の最期まで見届けねばならない。たとえ身体は廃墟のようになっても、眼だけは『大義』につらなる世界のはてを見守りつづける。戦後の柿見にもし生き甲斐らしいものがあるとすれば、それ以外にない。

戦時の限られた時代、中学生であった主人公たちは純粋な心を持って『大義』を信奉しようとした。しかしみじめな時代に生きていくしかなかった。人間は幸福を求めて生きるんだというそんな単純なことを、教師も親も誰一人教えてくれはしなかった。ただ大義とか忠君愛国とかで…。柿見たちはそれだけをまともに思いつめていた。

「愛国心などと言い出す人を見ると、憎くてなりません。どれだけ兄のような犠牲を見れば気が済むのかと…。みんなが幸福にくらせる国をつくれば、黙っていたって愛国心は湧いてくるじゃありませんか」と兄二人を奪われたひろみ(種村の妹)ははげしい語調でいう。

城山氏はこのテーマについて「一番触れたくないもの、曖昧なままで過ごしてしまいたいものでありながら、同時に触れずに居られぬ最も切実な主題であった。」と語っている。


(2007.06.08) (2017.03.27)  森本正昭 記