「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 002
                        Part1に戻る    Part2に戻る

森本正昭 『戦争の還暦ー爆音鳴りやまず』
          文芸社、2004年

 

 

戻る

戦争体験を後世に伝えなければならないとよく言われる。しかし最近の若者はその戦争体験に耳を傾けようとはしない。関心は薄いのだ。ではどうすればよいのかを作家は考えなければならない。少なくとも小説の表現法を試行錯誤しなくてはならない。悲惨な目にあったとリアルに告げるだけでは拒否反応を引き出すだけなのだ。

この小説では一つの手法を提示している。戦争小説をうたいながら、戦闘場面はほとんどなく、銃弾に倒れる描写は皆無である。それでいて何かもっと深いものを訴えようとしている。

 この小説の主人公は日中戦争の最中、敵国である中国で商社マンをしている。あるとき物流の異常さを知ることになり、何かとてつもない土木工事が中国の奥地で行われているのではないかを察知することになった。そのことを上海にある支那駐屯軍司令部に知らせに行く。そこで中国からのB29による日本本土爆撃の計画が進行していることを知らされた。

 これによって彼の行動は大きく戦争に協力する立場に変わっていく。しかしあるとき、漢口の近くの駅頭でたまたま知り合った中国人孤児2人と行動を共にすることになって、彼の行動は更に変化していく。物語はこのような展開の中で淡々と進行する。全体を悲しみが支配しているが、読者にはそれを感じさせない。いろんな仕掛けが用意されているからである。

 仕掛けの一つは戦争を体験した年配の大学教授とその教え子の現代の若い学生が、いわば語り部となって同時に物語る二重構造の面白さ、夢の謎解きも加わって物語が展開する。テーマは古くても、小説の技法は進化しているのだ。

 もう一つは著者のいうアセンブリー小説の面白さが活きている。バラバラに書かれた小説の部品を教え子の若い学生が繋いでいくという手法である。読み進むに従い、筋書きの面白さに引き込まれていく。アセンブリー小説なので、一区切りずつ読めばいいのだが、一気に読み終えた方が感動が深い。
 冒頭は随想で始まり、それが後々の展開に関連を持ってくる。ミステリー風のタッチであるところも面白い。
 読者をあっといわせる仕掛けがもう一つ隠されているが、もうこれ以上の説明は不要かと思う。

 

 

(2006.09.16) (2017.03..06)  森本正昭 記