「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 042
                        Part1に戻る    Part2に戻る

上田浩二、荒井 訓 『戦時下 日本のドイツ人たち』集英社新書、2003

 

 

  

 

戻る

戦時下の日本人にとって、ドイツは三国同盟の相手国であり最も頼りになる国であった。唯一、政府公認の白人の国でもあり、ヨーロッパ戦線における快進撃は頼もしい限りであった。明治以来軍事、医学、薬学、音楽などで学ぶことの多い国であったから、ドイツ人は尊敬に値すると思われてきた。

戦時下に日本に滞在していたドイツ人は3000名に及んだという。それらの人々は日本でどのような暮らしをしていたのか。彼らの見た日本はどのようなものであったかは興味の持てる問題である。著者らは戦争体験のない世代であるが、この問題をインタビューによって明らかにし本著をまとめあげたものである。

日本にいたドイツ人は貿易商、教師、留学生や兵士のほかナチスの支配から逃れてきたユダヤ人などであったが日本人は差別をしないでつき合ってきたようだ。少年たちの胸をときめかせたのはヒットラー・ユーゲントが来日したときであった。

ドイツ人に対する日本人の警戒感を高めた最大の事件はゾルゲのスパイ事件であろう。ゾルゲはフランクフルト新聞の通信員という身分で日本に来ていたが、後に世界史の行方を変えるほどの情報をソ連に対して提供していたことが判明し処刑された。

三国同盟の3ヵ国のうち、イタリアは早々と降伏した。ドイツは1945年になって次々と自国の主要都市を失っていった。敗戦は目の前に来ていた。ベルリン攻防戦で追いつめられ、ついに同年5月7日ドイツは無条件降伏することになった。三国同盟では同盟国相互の了承なくしては戦闘を終結しないという条項があったのだが、ドイツ政府は日本政府となんら協議することなく降伏したのである。これ以降、連合国は戦力を対日戦に投入することになった。日本だけが戦争を継続していく。捕虜になるより死を選べと教えられていた日本人には降伏という考えはなかったので、ドイツに対する失望から、在日ドイツ人に対する態度は厳しいものになっていった。

ドイツ人から見ると、「家財いっさいを失っても黙々と耐える日本人、義務のためには身の危険も顧みない勇敢な日本人、烈しい空襲下にあってもなお勝利を信じて疑わない日本人の態度に、在日ドイツ人は新鮮なショックを受けたようだった。」

しかし総じていうと、日本にいたドイツ人は恵まれた生活をしていた。日本政府が食料を確保して配給していたほか、住宅を斡旋したりもした。米軍の空襲下にあっては軽井沢、箱根、六甲などに避難していた。ドイツが降伏後も収容所に入れられることもなく、以前と変わらない生活をしていたという。日本が無条件降伏した後、進駐してきた米軍もドイツ人に対して寛容であったというが、やがて本国に強制送還されたものと残留できた者とに分かれたという。


(2006.11.11) (2017.03.22)  森本正昭 記