「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 083
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サブタイトルに「太平洋戦争にかかわる十六の短編」とある。短編集である。 短編集を立て続けに読むと、物語や登場人物の名前が混乱したりするものだが、この本ではその懸念はない。巧みな仕掛けがしてある気がする。作中に印象深い色彩や音が配備されていて、ストーリーの面白さを目立たせる効果をだしている。 例えば『船』では波止場に見送りに来る人の群れの中に、鮮やかな黄色の帽子を被った見送り客がいる。それは河本の妻がかぶっている帽子である。妻は兄の昔の恋人で、兄は戦争で亡くなった。河本は少年時代から兄の言に従ってきた。そして兄の影を、戦争の影を引きずっていた。妻は事あるたびに兄の名前を口に出した。船はゆっくり岸壁を離れていくが、あざやかな黄色はいつまでも残っている。 『P−島にて』では、「吉田の父親はP−島にいて、戦後そこでの戦争犯罪で絞首刑になった」。吉田は父親の冤罪を究明するため、かの地を訪れる。 「黒い肌色の男、飛行機のスチュワードも案内の女の子も、同じ黒い肌色で、その黒さも漆黒に近い黒さだった」。戦争裁判のとき、偽りの証言をした男がやってくる。靴はズックの白い運動靴をはいていた。その粗末な白さが異様に目立つ」。 黒い肌の男がいう。「きみの父親は無実だろう。しかし日本軍の誰かが虐殺したという事実は残る。こちらの事実の究明はどうするのか」と。 『指揮官』では、色ではなく音が効果を高めている。 ひとつの声が幼い難波の耳の底に残っていた。「あんたの指揮はまちがいやった。あんたには責任がある」。難波の父が誰かに非難されているのだった。力強い声だったので、こわくなっておびえた。その声の記憶は十余年あと、父の通夜のときまで続いていく。山名分隊長という名前が父の旧部下の中から出てくる。そして山名は葬式にやってきた。例の声の主であることは明らかだった。 のちに難波は山名の家を訪ねることになるのだが、山名はヨットハーバーの近くで釣り船を経営している。ヨットのばか高いマストにつけた金具が風で鈴のようにあちこちで、たえまなく鳴っている。この鈴の音が巧みに配置されていて、山名と山名の息子(造反有理の世代の指導者)を絡ませた難波との激しいやりとりの背景で、音が活きている。 『太平洋の話』では、アラブの詩人アドニスの詩を太平洋流に著者は書き換えている。 太平洋はわたしに語った。/波がかれに語ったことを。/飢えと兵士たちの旅について/太平洋はわたしに語った。/かれが見たすべてのことを。/そして骨のなかに、わたしは聴く/季節季節の歌を。/灰色の雲が話したことを わたしは聴く/縄のようにもつれた/みじめな流民の群れをわたしは見た。 「太平洋では、いくさを終えたあとも、死者は「流民」となって漂う。縄のようにもつれた「流民」がたしかにそこにいた。それだけのことだ。そのそれだけのことを太平洋は語っていて、わたしもそれを語り継ぎたい。一人の語り部として。」と著者は結んでいる。
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