「昭和ドキドキ」(戦争の記憶を後世に伝えるためのサイト)で紹介 061
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山田もと 『ブーゲンビリアの咲く町で』
金の星社、
1977

 

 

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現代・創作児童文学とある。昭和19年の夏、まだ沖縄が焼土と化す前の一時期を力強く生きようとした少年のこころを通して、戦争の悲劇さを子ども達に感じさせる作品である。

松男はブーゲンビリアの咲き誇る遊び場“ビリアの広場”で遊んでいるとき、目をケガしたことがもとで失明してしまう。友達は松男のことを何かと心配してくれるが、松男は障がい者の初期症状のように、しだいに他人の親切さにも反抗的になり、通っていた国民学校にも行かなくなる。場所は沖縄の首里。父は行方不明、母が一人で行商をして幼い松男を育てている。

もし敵が攻めてきたら、兵隊さんと一緒にこの島を守らなくてはならない。でも目が見えない者に何ができるというのだろうか。と自分の不遇さを嘆き、友達とも遊ばず、自宅にこもるようになる。

ばらばら ばらばら さらさら さらさらさら ばらばら…

「ありゃ何の音だ」「あれは久葉の葉が風に鳴る音だがな」と母が言う。松男は久葉の葉音を聞くのが日課のようになった。耳を澄ますと、他にもいろんな音が聞こえる。視覚を失った反面、聴覚が敏感になっていろんな音が耳に入ってくるようになったのである。

がっきがっきと、大きな靴音がふえてきた…こんな町はずれまで、兵隊が入ってきたということだ。(学校へも兵隊が入っているだろうか)(首里城には、兵隊がいっぱいかな)

街の方から、ジャジャジャジャ…と機械の音がひびいてくる。このごろ急に騒々しくなったのは、飛行場や陣地作りが増えたからに違いない。

森の奥か地の底でそうぞうしい音がする。今も自動車が突っ走っていった。軍隊のトラックにちがいない。(おらがのお城を荒らすやつは、だれだ。)松男は心の中でさけんだ。

久葉の葉音は今日もよく聞こえる。松男がいらいらして眠りにつけないとき、母が久葉扇で仰いでくれる。そうすると、涼しくて胸がすーっとする。その体験から松男は久葉扇を作ることに目覚め、力を注ぐことになった。葉を押し伸ばすこと、漂白すること、色づけすることなどである。

やがて戦地からの疎開の話が広まり、労働力にならないものは疎開を強制されることが決まった。松男や友達の家族は北部の国頭に移住することになった。疎開にあたって、作った久葉扇をお墓の中に隠しておいた。疎開先では久葉の葉音はどこにも聞こえなかった。それで取りに帰る決断をする。もはや全島が戦火にさらされ、危険な状態に出くわすことになるのだが。

くばおおぎゃあ(久葉扇は)/いっぺーしださいびーんやー(たいそうすずしいですね)/なー にんじゅんそうれい(もうねむっておくれ)/にんじゅんそーれい(ねむっておくれ)/あちゃー首里はなりてい(あしたは首里をはなれて)/まあんかい とまゆんびーみ(どこへとまるのやら)/くばおおぎぬうかじし(久葉扇のおかげで)/いっぺいしだくないびたん(大変すずしくなりました)… 松男の母が歌い続けた。


(2007.08.27) (2017.03.27)  森本正昭 記