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対談 中国で暮らす(その2)
 内藤孝雄と森本正昭
   
内藤孝雄
 中国 蘇州市 在住
森本正昭
 ネット「勢陽」編集者

森本:内藤さんは中国で12年にもわたって活躍されているビジネスマンです。『中国で暮らす』という随想をネット「勢陽」に送ってくれました。その中で「反日」と「抗日」の違いを教えてくれました。

内藤:「親日」は非常にわかりやすい言葉ですが、「抗日」は概念的に理解できても、その言葉の深い意味を理解できないのが私たち日本人です。ほとんどの日本人は「抗日」を「反日」とほぼ同じ意味に理解しています。しかし「抗日」は「反日」とは全く異なります。日本人が「抗日」を理解しないままでいると、日中関係が永遠に改善されない原因になると考えます。

 日本は1900年代に中国の領土を植民地化するために、たびたび中国に戦争をしかけました。そして日本は、中国に満州国を建国した時代もありましたが、第次世界大戦で無条件降伏したため、日本は初めて敗戦国となり、獲得したつもりのもののすべてを手放しました。

 中国人にとって「抗日」とは、簡単な言い方をすれば、「勝手に自分の家に土足で入ってくる日本人を追い出すため、筆舌に尽くしがたい苦労を重ねてきた中国人の熱い思い」なのです。この熱い思いを歴史上から消してはいけない、というのが中国人の「抗日」思想なのです。

森本:なるほど。ということは抗日を訴えている人々は日本人によって、自分や家族、友人などが戦時にひどい体験をしたことに起因していますね。年齢もかなりの高齢の人たちではありませんか。ところが抗日デモの場面で暴徒として荒れている人たちは若い人ですよね。これらの人々は戦争体験者ではないのではありませんか

 内藤:中国では歴史教育に力を入れています。 中国全土に抗日記念館が建てられています。歴史教育はその民衆の熱い思いを絶やしてはいけないとする中国政府の意思表示の一つなのです。中国の小中学校において、この抗日に対する思いを伝えるために、教育がなされています。小中学校においてしばしば講演が行われ、児童、生徒たちは涙を流しながら聞いています。特に地方の小中学校ではその傾向があります。それゆえ、若い中国人の心の中には潜在意識として「抗日」思想が引き継がれているのです。

 森本:内藤さんの主張は元中国大使の丹羽宇一郎氏に似ていますね。中国政府とのパイプを持つ財界人として、初の民間出身駐中国大使として起用されました。東京都の尖閣諸島購入計画について「日中関係に極めて深刻な危機をもたらす」と発言したことが「日本の国益を損なう」という立場から平成24年に大使を更迭されています。

その後日中関係はどうなったのですか。

 

内藤:現地で生活するには耐え難いほど関係は悪化していると思う。2012年の秋、尖閣諸島の国有化により、最も中国で親日的と言われてきたこの蘇州の地(内藤氏が在住)でもデモ隊による壊滅的な破壊行為が起りました。尖閣を国有化したことが悪いのではなく、強引にやった「やり方」が悪いのです。石原慎太郎氏を中心とするその「強引なやり方」を「正しいやり方」として、世論を誘導した報道機関にも問題があったのではないでしょうか。

森本:その後、内藤さんは文筆活動に力を入れているようですね。『中国で暮らす』の続編を送ってくれたのだけれど、それは意外なものでした。内藤さんは著しく親中的になっていると感じました。私にはそうとれた。いつの間にか日中間の関係は修復不可能と思えるほど対立的になり冷え込んでいる。尖閣諸島での中国漁船の衝突事件や小笠原のサンゴ根こそぎ強奪のために多数の大型中国漁船が来襲した。まるで蒙古の襲来の再現を思わせた。これらは遠い過去のことではない。今では南沙諸島での武力による威力を誇示するような基地づくりが進行しているのは日本人には信じがたいことです。

それでも内藤さんは親中的になっているのはもっと深い事情があるのではと感じています。

 内藤:この10年の間で、2度、日中関係が最悪になったことがありました。一度は、2005年の首相の公人としての靖国神社への参拝、2度目は、2012年の尖閣諸島の国有化です。もし、日本の時の権力者たちが「抗日」思想を深く理解していれば、すなわち「侵略を受けた中国人の心の傷を理解」していれば、わざわざその中国人の心の傷を広げて、そこに塩を擦り込ませるような行為は、やらなかったはずです。

2012年、当時の丹羽中国大使が、「尖閣諸島を国有化したら大変なことになる」と発言をしましたが、一体どこまで大変なことになるのか、そのときはわかりませんでしたが、その大変なことの結末が、日米安保法制の改正、集団的自衛権の行使に辿り着いたように思います。日本はこれから将来のある時点で必ず戦争に巻き込まれることになるのでしょう。残念ですが、それは、歴史が証明しています。

 

森本:最近では、抗日70周年軍事パレードの式典が行われましたね。新聞には「抗日戦争・反ファシズム戦争勝利70年式典」と書いてありましたが、これを中国国民はどのように捉えているのですか。世界の人々の見方は、第2次大戦に登場したファシストの軍事パレードを連想させるものでした。パレードで最新兵器を他国に見せつける手法は前時代的で苦笑するしかない。世界の人々は同じ見方だったと思う。

未来志向が全く無いのは悲しいばかりである。軍事力を誇示するようなことが、どうして必要なのか分かりません。

内藤さんは式典当日の北京が晴れ渡った青空であったことを作為的なものであるとしながらも、このパレードブルーを全面的に肯定していますね。

 内藤:国家の威信をかけて実施したこのパレードの天空が、軍事パレードそれ自体が、「どうのこうの」ではなく、一番驚いたことは、「パレードブルー」と言われる普段とはまったく異なる美しい青空の下で、実施されたことでした。この軍事パレードのために、1ヶ月前から大気汚染の原因と思われる周辺工場を休止させ、数日前からは自動車の走行も規制しました。

今回は工場の操業休止や自動車の走行規制という、かなり強引な方法ではありましたが、中国政府が本気になれば、北京の空は、一時的であってもこんなに美しい青空に生まれ変わらせることができるのだ、ということを世界の人々が知った貴重な一日となりました。

日本が大気汚染や光化学スモッグの時代を経験し、それを乗り越えてきたように、中国も徹底した大気汚染対策を講じて、従来の「量を誇る工場」から「質を誇る工場」へ変貌していくことは間違いないと思います。

10年前の60周年で「抗日」をタイトルにした軍事パレードを行わず、何故、今回70周年で始めて行ったのか、良く考えてみてください。私は中学生のとき、道徳の時間で「自分が変われば相手も代わる」と、学習しました。ですから、私は日本の政治家たちに、どうしても言いたいのです。もし日本政府が、本当に中国人の「抗日思想」を深く理解してあげれば、今回の「抗日」をタイトルにした軍事パレードは、行なわなかったはずです。このまま日本政府が「抗日」を深く理解できなければ、必ず、10年後もやります。20年後もやります。いや、永遠にやります。つまり、「自分が変われば相手も代わる」ということですから、中国を変えるには、日本が変わる必要があるのです。

軍事力で相手を、ねじ伏せることができたとしても、必ず、軍事力でねじ伏せられた人々の「憎しみ、恨み」は残ります。軍事力でねじ伏せられた結果、今日の「イスラム国が生まれた」と、言っている専門家の方がおられますが、その通りだと思います

富めるものだけが富み、格差社会は激しくなっていきます。現在の日本でも、格差社会が顕著になってきており、「貧しさ」故に、普通の人が突然、凶暴化し、全く理解できない凶悪犯罪が、増え続けているように思います。

 内藤:今、日本企業は、長年、中国で築き上げたものを捨ててまで、安い労働力と政治的、政策的な優遇措置を求めて、新興国とよばれるベトナム、タイ、カンボジア、インド、マレーシア、フィリピン、等々へ、日本企業が工場をシフトさせています。この傾向を誘導しているのは、日本政府だと中国の人々は想像しています。これらの新興国は、中国のように治安が良い国ではありません。中国は新興国よりは、治安が良いと思います。

 森本:日本企業が工場を中国から他のアジアの国へと移転させているのは、断じて日本政府ではありません。中国の人件費が高くなっているため、人件費の安い他のアジアの国へ移転しているのです。

カントリー・リスクの問題もあります。中国の場合、突如反日デモや不買運動に起きるからです。反日デモは、日中両政府の動きによって惹起されるもので、企業の力ではコントロールできないため、止むを得ないと思います。

 森本:中国人は日本政府が工場をシフトさせていると思っているのですね。日本政府にそれほどの力はありませんね。

それにしても内藤さんは12年も中国に住んでいる結果。きわめて親中的になったことを感じました。それは自然なことかもしれないと思っています。あなたは以前にどんな人とも対等に話ができるとか、対立している人間の仲裁ができるとか、それがご自分の特性であると話をしてくれましたが、なるほど、火種の渦中に入っていって両者をなだめすかすためには相手の立場を十分に理解するしかないということですかね。いまいささかの不安を感じつつも内藤さんの現地での活躍に期待しています。過去ではなく未来志向の努力をしなければと私は考えています。

政治的なことばかりに傾斜しないで、中国の人々はどのような考え方をしているのか、どのような生活をしているのかを今後も教えてくだされば幸いです。



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