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村上トシ子
     埼玉県

      随筆 『涙』

歌人
 短歌結社 「短歌人」(東京) の会員

歌集「揺籠」、「ロゴス」を出版

 

 全国の高校野球フアンを沸かせた、甲子園での大会も、昨日(2014年8月25日)をもって閉会した。結果は大阪代表の大阪桐蔭高校が三重県代表の三重高校を4対3で破り優勝した。4回目の優勝という。三重県に友人がいるので三重高校を応援していた私は、ちょっぴり残念だったが、大阪桐蔭高校の感涙にむせぶ球児たちの姿に、ぐーっときてそれなりのおめでとうの念を抱いた。

話は少しそれるが昨年のプロ野球で楽天が巨人を制して優勝して喜ぶさまに、後日巨人の原監督が、被災地の熱狂的に喜ぶさまをみて、「被災地の人々がこんなに喜んで、良かった」とのコメントをしたが、そのとき原監督の懐の深さに感動したことをふと思い出した。

試合終了後にカメラはひとしきり、優勝校大阪桐蔭の球児たちや、アルプススタンドの応援団の喜ぶ姿をうつしはじめた。しばらくして、こんどは悔し涙にくれながら、甲子園の土を一心不乱にあつめて袋にいれている敗者、と言っても準優勝の三重高校の姿にきりかえた。この甲子園の土、参加校の49の高校が持ち帰るというから、放っていたらそのうちになくなるのは目に見えている。そこで甲子園は毎年沖縄からだと思うが、土を運んできて補足するらしい。当然沖縄代表の球児達も持ち帰るだろうから、自分の県の土を甲子園の土として持ち帰るわけである。少し変だなーと思わないでもないが、いったん甲子園に収められた土は甲子園の土に相違ないだろうと解釈して納得する。

 

もう20年以上も前になると思うが、埼玉県の嵐山にある国立婦人会館(今は名称がかわっているが思い出せない)で映画監督でもあり、演出家でもある山田洋次の講演を聞いたことがある。私はドラマはみてないが、「不揃いな林檎たち」を演出した監督。その視点はいつも弱者にあり社会派の監督といっても間違いないと思う。

印象的な話であった。要約すると、自分の視点は絶えず敗者に向けられる。例えば運動会のリレー選手を撮影するとする、普通なら勝ち選手にカメラをむけるだろうが私はあえて負け選手にむける。負け選手の悲哀にこそドラマを感じるというのだ。なるほどさすが山田洋次氏と感動したのだった。

世の中には、判官贔屓を自認する人が結構多くいる。山田洋次もそうなのだろうか。実は私もよほどの贔屓のチームでない限り、どんどん負けて不利になってくると、そのほうを応援したくなる。またそのチームが反対に勝ち始めるとその逆になる。いい加減で信頼できない応援者である。

 

だが、福井県代表の敦賀気比高校と岩手県代表の盛岡大付属高校の場合は違っていた。岩手県は東北、それも故郷宮城の隣の県である。思い入れは違う。盛岡大付属高校を応援するのは当然である。その試合、最初は互角だったが、そのうちに敦賀気比高校が、どんどん力を発揮して最終回の九回の表まで10点という大量得点をあげた。盛岡大付属は0点のまま九回最終回の裏を迎える。ここまで来たら、勝ち目100%なし、選手たちもあきらめのにこにこ顔である。見ている応援団、そして私とて同じ。早く終わってくれないかなーの思いになり悟りにも似た平安な気持ちである。

ところが、選手たちはそうではなかったようだ。最後の力をふりしぼるように1点をあげた。珠玉とも言える1点である。選手たちの悔しさがそうさせたとしかおもえない。その1点をたたえて敵も味方も万雷の拍手を送ったのは言うまでにない。結局試合は10対1で終了した。あきらめ顔のにこにこ顔で9回の試合に臨んでいた選手たち、試合終了後もそれでいるかと思ったが、さにあらずぽろぽろ涙をながしながら、甲子園の土を袋に詰め始めたのである。

そして翌日の新聞各紙はこの盛岡大付属高校の検討をたたえて大きく報道した。

 

いままでそう高校野球には思い入れがない私だったが、今年は少し違っていた。前にもエッセイに書いたが、母校が甲子園にあと一勝で出場する筈?だったからだ。その延長戦のような気持ちにさせられ、甲子園がより一層身近に感じられたのである。実際其の一勝を応援しに故郷に帰った同級生から聞くと、本当に実力伯仲で、どちらが勝ってもおかしくない試合だったという。それを聞いた私はなおさら残念の思いにかられ、少し涙腺が緩んできたように思う。 

涙にはいくつもの種類があると由幾三は歌う。ずらずらと涙の種類を並べ立てて歌うとは覚えているが、歌の歌詞は、残念ながら思い出せない。余談だが由幾三には、雪国という歌もあり故郷津軽の雪には7つだか8つの雪の種類があると歌っている。よほど種類別にするのがすきなのだろう。それに真似て私も歌とはほど遠いが歌をつくってみた。 

甲子園にはふたつの涙しかない

感涙にむせぶ勝者の涙と

負けて悔しい敗者の涙と

この二つの涙、私にはどちらも尊いと言うのは少し常套的に美しくまとめすぎているでしょうか?。

そして異常に暑かったと思える今年の夏も、甲子園の高校野球の終わりとともに、過ぎ去っていくような気がします。


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