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森本正昭         東京都練馬区
      童話 『公園の大きな樹』
          2014.11.06


 ある都会の公園の入口に大きな樹が立っていました。イチョウの大木です。

毎年春先から夏の終わりまで豊かな緑に覆われています。葉っぱは扇の形をしています。秋になるとどの樹よりも早く黄色に色づき、やがて黄金色に輝きます。冬が来る前に落ち葉となって落下を始めるのです。すると一面の黄金色のジュータンとなります。

人々はこの樹を見上げてはきれいだねえと言ってくれるのでした。

 

それでも都会に住んでいる人間はとても短気で、いつもイライラしています。

この美しい季節の変化を理解せず、文句ばかり言っている人がいます。

樹木が緑に覆われてくると、自分の家が日陰になってしまうとブツブツ言い続けるのです。

落ち葉の季節になると、毎日落葉掃除をしなくてはならない。大変だ大変だと大声で言うあり様です。

 

この樹の近くにとても短気なお爺さんが住んでいました。

こんな人の苦情を聞くため、区議会議員という仕事があるそうです。2年前にはその区議会議員さんが数名やって来て、この樹を見上げながら、短気なお爺さんの苦情を聞いていました。

この樹を切り倒すには大変な労力とお金がかかります。でも私の力で何とかしてみましょうと言って帰っていきました。

 

次の年には宗教団体の人がやって来て,この樹を見上げて、これを切り倒すのは大変だけれど検討しましょう。ところでお爺さんは信者さんですよねと念を押してから帰っていきました。

 

大きな樹さんは自分が切り倒されるのではないかと、不安で不安でたまらなくなっていました。

 

ところが人間たちは最近、下ばかりを見ているのです。そうそうスマホとやらに夢中になって下ばかり見ているので、見上げるような大きな樹のことを忘れかけていたのです。

 

それで短気なお爺さんはますますイライラしてしまい、大きな樹は日陰、大量の落ち葉、交通の邪魔を理由にして、切り倒してほしいと区役所の掛かりの人に要望書を書いて渡したそうです。

 

大きな樹には二人の友達がいました。

一人は高齢の老猫(ラオマオ)さん、もう一人はカラスのハシブトさんです。どちらも都会の人間にはひどく嫌われているのでした。

 

大きな樹さんを切り倒すのなら、短気な爺さんの家に忍び込んで庭を荒らしてくるよ、とラオマオさんは口を尖らせました。ハシブトさんは上を見上げている人間たちに、上空から糞を落としてやりましょうと皮肉を込めて言ってからクスクスと笑いました。

 

大きな樹さんはオイオイそんなことをするのは逆効果だからやらないでと二人の友達にお願いするのでした。

私が自分でなんとかする。葉っぱが落ちないように頑張ってみる。冬になっても青々とした葉っぱのままでいるように頑張ってみるという。

二人の友達はそんなことができるのと疑いながら、それは無理でしょうと思っていました。

 

ある年の秋の初めに突風が吹きまくった。大きな樹さんは懸命に頑張ったけれど落ち葉が大量に吹き飛んでしまいました。ラオマオさんとハシブトさん、きっと私は切り倒されてしまいますね、皆さん、ごきげんよう。さようなら。といって大きな樹さんはすっかりしょげかえっています。落ち葉が落ちないよう懸命に頑張ったのです。でも突風の力には勝てませんでした。

私はもうだめです。切り倒されます。

 

そのとき、どこからか公園の職員がやって来ました。若くて元気、感じの良いお兄さんでした。

そして話し始めました。

突風が吹いた時、このイチョウの樹のおかげで、このあたり一面に被害は何もなかったのです。私が調べた結果、この大きな樹が懸命に頑張って、風の力を弱くしてくれたからです。

皆さんはこの樹に感謝しなくてはなりません。

 

大量の落ち葉も、風のおかげで遠くまで飛び散ってしまいました。ですから落ち葉掃除も大したことはありません。

遠くまで飛んでいった落ち葉は、自然から都会の皆さんへの秋の便りだと思えばいいのです。黄金色に色づいた木の葉の便りって素敵じゃありませんか。

 

大きな樹さんはもう、うれしくて、うれしくてすっかり涙ぐんでいます。猫とカラスの二人の友達もやってきて、大きな樹さん、よかったね。頑張った甲斐があったねと言ってくれました。ラオマオさんはこの樹の木陰で昼寝をするのが大好きでした。ハシブトさんはこの樹の枝に巣を作って住まわせてもらっていたのです。

 

そう、短気なお爺さんはどうしたかって。イライラすることがなくなって、区役所に出した要望書を取り下げたそうです。     

           (終わり)

 

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