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松村政之
     志摩市 在住

       随筆『燕の子を助けて』

俳人
 俳句結社 「山繭」(伊賀市)        の同人

  『燕の子を助けて』            松村政之

 

今年もわが家に燕がやってきました。と言っても、この燕は家主に似て大分横着者でして、三年目の古巣をそのまま使っているのでした。糞の量がえらく多いと思っていたところ、子燕が五羽、顔より大きく口を開けて鳴くようになりました。その頃親燕は、感心にも、いつも近くの電線に変わり番こに見張りをしておりました。

 昨日、朝刊を取りに出ると、羽根も不揃いな子燕が一羽、地を這っております。「あれっ」と思って近づくと、不器用な飛び方で、屋根に逃げていきました。ほかのはどうしたろうかと見に行きますと、下に二羽落ちて死んでおりました。妻が「可哀そうだ、可哀そうだ」とうるさいので、畑へもっていって丁重に葬ってやりました。

 昼ごろ外に出てみると、「あれっ」今度は玄関のレモンの木の下で、二羽が身動きもせず、震えているではありませんか。これも飛べるのかなと近寄っても逃げません。親燕がうるさいくらいに飛び交ってきました。私を加害者とみなしているようです。そのうち、つばめの一団が続々と集まってきます。ヒチコックの映画のごとく、一族がこぞってやってきたようです。なかには餌を咥えて食わせにくるのもあります。全体が「飛べ」「飛べ」と元気付けにきているように見えます。

 夕方になってもこの二羽はなかなか飛べそうにありません。また妻が、「このままだったら夜に猫にやられてしまうから、巣に戻してやったら」と言います。仕方がないので手に乗せようとすると、「人間の手で触ると、親は育てないそうよ」と妻がまた言います。この人はいつも言うだけなんです。私は軍手でつかんだ子燕をもとの巣にもどしてやりました。

 翌朝覗いてみますと、やっぱり一羽が下に落ちて死んでおりました。「あーあ、あんなに苦労してもどしてやったのにだめだったんだな。それにしてももう一匹は巣の中で死んでいるのだろうか」

もうそのころは親燕達はあきらめたのか姿も見せません。

また妻が言います。「巣の中で死んでいたらかわいそうだから、取り出して埋めてきてやってよ」言うだけというのはホントに簡単なものです。

仕方なく、脚立に乗って、割りばしで抓みだそうと探ってみました。古い羽根がふわふわと掴めるだけで、なかなか形あるものが当たりません。仕方なく手を入れてみましたら、「あれっ」何もないのです。と言うことは最後の一羽は自分の力で飛んで行ったんでしょうか。

その時だけは熱いものが身を貫きました。しかし、燕からはその後何のお礼もありません。

巣つばめの 飛び立つてより それつきり


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