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  森本正昭

小説
『樹より高く昇ろうとした少年』
P164-173
 
  私が散歩をしているときのこと、子供が1人、ジィーっと私を見つめていることに気がついた。その子は幼稚園児くらいの年齢であったかも知れない。ブランコに乗ったまま私を見ている。団地の中にある小さな公園でのことである。私が通り過ぎようとすると、何かを訴えるような表情がまだ私を追ってきた。そうすることのわけが分からなかったので私はそのまま通り過ぎようとした。通り過ぎてから少年の表情を思い出すと、私はその場所に引き返し、少年の乗っているブランコの所まで行ってみた。よく見ると、ブランコがおかしい。つり下げてある紐の部分が大変短くなっている。紐といっても鉄製の鎖なのだが、つり下げている太い柱を一巻きしている。それで、座る板がずいぶん高い位置にあるのだ。それでその子はそこから飛び降りることができないのだった。「ボクは降りたいのか」と確かめると、「うん」とだけ答えた。おそらく誰かに助けてもらおうとして、その近くを通るオトナにじっと視線を投げかけていたに違いない。
  その子の身体を両手で支えてブランコから降ろしてやると、その子は助かったという安堵の表情をみせた。
「どうしたの」ときくと
「中学のおにいちゃんがした」と言った。中学生のいたずらであろう。
 私はしばらくその子と一緒にいた。何かを問いかけ、短い答えを聞いた。
「名前はなんというの」ときくと「ショウタ」と答えた。「本当!おじさんはショウジというんだ。似てるね」と言うと少し目を輝かせた。
  この子の表情を見ていると、それは小さい頃の私そのものだと思えた。
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