平成26年4月発行 表紙画 『波切にて』/郡 楠昭


野上  淳    小説 『小名峠  (秋)』   19頁    戻る

 渉にとっては長かった夏休みも終り、新学期が始まった。宿題の提出物が教室いっぱいに並んだ。
渉の絵の方の作品は教室の後ろの壁に貼り出されたが、蒲鉾の板で作った舟は展示されなかった。
(やっぱりあかんかったなあ)と、自分の大雑把な作り方を悔やんだ。
そして(絵が貼り出されたんやから、まあええか)と、渉は荒っぽい作り方を人に見られたくない
気持ちもあったので、ほっとした。

渉の描いた絵は、夏の太陽が山の端に半分掛かった風景画だった。
稜線から空を黒くぬってその下は太陽の半分と真っ赤な夕焼けを、画面いっぱいに赤と黄色で塗り
たくったものだった。
この絵が出来上がったときは、(やった。この絵は俺だけのもんや、誰にも描けへんやろ)
画用紙いっぱいに赤く爛れた太陽が沈む前の最後の光景を、描ききったように思えた。
その絵が貼り出されている。それだけで渉の心の中は熱く燃えていた。

真弓君の絵や大山君の飛行機の作品もあった。吉本さんの絵も貼り出されていたが、
花瓶の色がバックとあっていないように思った。真弓君の絵は、しっかり描かれた家並みだった。
屋根の瓦の一枚一枚が丁寧に描かれていた。
それには負けるかも知れないと思ったが、心の奥では大丈夫だと言う慢心があった。
渉にはこれが一番悪いことだと、自分でも判っているのだが、時々出てしまうのである。
母に注意されることがしばしばあった。

夏休みは終ったけれど、暑さは益々激しくなっているように感じた。
夏休みが終ると、小名や殿川地区の新聞の届くのが遅くなる。気の毒だとは思うが、
夕方まで待っていただくことになる。夏休みまで待ってくださったのだから、
あきらめてもらえるものと渉は考えた。同時に渉は同級生に助けてもらわなければならない。
この山奥の村では新聞が取り次ぎ所に届くのは午前八時前になるのだった。

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私評