平成26年4月発行 表紙画 『波切にて』/郡 楠昭


西村壽郎    小説 『坊やに聞け』   12頁        戻る

「日本国憲法第九条により自衛隊を解散する」一昨年末の衆議院解散のときのテレビ放映である、
横路衆議院議長の大きな顔が映っている。私は「とうとうやりやがったな」と思った。
朝のトップニュースであった。私は飛び起きた。
 隣のベッドに寝ていた老妻がうるさそうにしかめ面をして「どうしたの」と言った。
 「やったんだ遂にやったじゃないか、自衛隊を解散すると言ったんだ」と私が言うと
老妻が「そんな馬鹿なことあるわけないでしょう」といってまたふとんをかぶって寝た。

そう言はれるとそうだなあ、と私は少しねぼけ眼をこすってテレビの画面を見た。
衆議院議員総立ちになって万歳をやっている。
自衛隊を解散するんならまさか全員で万歳をやるわけないだろ
うと考えるうちにようやく頭がねぼけから正常に戻った。

私はもうかなり昔、弟の交通事故のとき買った小六法を書棚から引き降して披いた。
日本国憲法第七条三に衆議院の解散がある「日本国憲法第七条により衆議院を解散する」と
横路衆議院議長が宣言したわけであった。

昭和二十一年十一月三日公布の新憲法には
朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、深くよろこび、
枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、
ここにこれを公布せしめる。
  御名.御璽(以下省略)

旧憲法の「大日本帝国憲法」は「日本国憲法」となった。
旧の明治憲法は明治二十二年二月十一日に発布された欽定憲法であって
「君主の単独の意志によってきめられたものを欽定と言うと」。


.P1 . (以上は最初の1頁)

私評:最初の一行に驚かされた。
いま日本は憲法論議が騒々しいばかりである。西村氏は勢陽会員唯一人の戦中派である。
しゃべりたいことがいっぱいあるはずである。その体験を通して大いに語って欲しい。
この冒頭の一節は氏にとって新境地ではないかと思わせるものがあり、一様に感心した次第です。