平成26年4月発行 表紙画 『波切にて』/郡 楠昭


 水田まり      小説 『続バツ』    26頁   戻る

 夜の海岸通りは旅館街を背に煌々と灯りに照らし出されて祭りの会場はたくさんの人で賑わっていた。
初めての町の初めての祭りであった。鉦や太鼓や撥の音が潮の香に混じって賑やかに祭りを盛り上げていた。

冴子の浴衣は白地に濃紺で紫陽花が染め抜かれていた。雅彦の浴衣は白地に蚊絣である。
二人の歩く下駄の音が耳に心地よい。故郷と違い顔見知りに出会うことは無かった。
少し寂しかったが、祭りが好きな冴子は興奮していた。昼間の雅彦の言葉が重く心を占めていたが、
鉦や太鼓の音がその言葉を消してくれた。道の両側にはロープが張られ、踊りの見物客で埋まっていた。
 
はぐれないように、しっかり握っていた二人の手は時間とともに汗ばんできていた。
人の流れに逆らって歩いてきた男が、冴子の肩にぶつかった。
その勢いで繋いでいた二人の手はするりと解けてしまい、冴子は人込みの中に放りだされた。
よろけた身体を立て直している間にも人の流れはどんどん前へ進んで行き、気がつくと、雅彦の姿がなかった。
冴子は慌てた。蚊絣の柄の浴衣をさがしたが、同じような柄の浴衣を着た人はごまんといた。
立ち止まって捜す間も、人込みは押し返す波のように動いている。

一段と喧しい鉦と太鼓、撥の音に踊りの連が近づいてきたのが分かった。
冴子は反射的に人を掻き分けて前列に出ていた。初めて見る阿波踊りであった。
体が興奮してきた。男性は頭に日本手拭をきりりと巻いて浴衣の裾は腰にはしょっている。
草履は履かずに白足袋である。

中腰になっておじぎをする姿で両腕を前方に動かしながら足袋の足を地面につけて踊る。
女性は編み笠を深く被りピンクの手甲にお揃いのピンクの裾除けを出して浴衣の裾は腰にはしょっている。
白足袋に黒い塗り下駄が足元を引き立たせている。女性連は顔は俯き加減であるが、

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私評