平成26年4月発行 表紙画 『波切にて』/郡 楠昭


櫛谷文彦    随筆  『アリたちの逆襲』   2頁   戻る

 三年ぶりに暑い夏がもどってきた。

その年の冬は周囲一面が凍りつくほどの寒さだったが、そのあとは一気に春を越えて猛暑となり、
梅雨さえが雀の涙ほどという常軌を逸した天気つづきだった。
果実栽培農家の山本さんに聴くと、「こんな年はリンゴの実(みい) はようでけるんやが、
なんでか大きゅうならんのさ」 といい、
「冷蔵庫現象というてな、農家には辛い年や」 と話した。しかも数が多くて未成熟なリンゴたちは、
小さいまま早熟して落ちていくのだという。

そして早熟して落ちた果実の香りがあたりに漂いはじめる頃、
どこからともなくアリの大群が集まってくるのだというのである。庭先の垣根の蔭から隣家の軒先から
アスファルトの道路をよぎってまで、たえまない蟻の行列がリンゴ園にむかって歩きはじめるのだという。
アリにリンゴをかじるほどの顎の力はない。だから熟して落ちる刻を待って集まってくるというのである。

アリたちのその生態を見たいと考えてわたしが山本家の果樹園を訪ねたのはそれから一週間後だった。
状況は山本さんの話の通り、というよりそれをはるかに越えるものだった。
果樹園に入ってアリたちの大群を目の前にしたとき、わたしは驚愕した。その数は何万何十万とも
しれない恐るべき数で、感動と恐怖がないまぜになって背中をはい上がったものである。

園に入ってまず目についたのは、風が吹くたびに舞い落ちるリンゴの多さだった。完熟したリンゴが地面に舞
い落ちるのだが、そのたびアリたちがそれに襲いかかるのである。疵ついた個所はみるまに食いひろげられて、
米粒にも足りないアリたちの仕儀だとはおもえないほどの数を食い尽くしていくのである。三つ四つ十個二十個

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私評